一次情報の女(実録)
一次情報の女(実録) #06

くだらなく見えることに付き合うと、仕事の相手がパートナーになる。

栗田加奈子

一次情報の女の続きです。

仕事では、役割を分けたAIをいくつか使っている。先日、その合間に、AIたちに頼んでみた。自分の役回りを、好きなものにたとえてみて、と。仕事とは関係のない、ちょっとした遊びだ。

AIたちは、こちらが思っていた以上に熱心に付き合ってくれた。けっこう前のめりで作業するなあ、と思いながら、聞いてみた。

「こういうのはさ、くだらないってならないの?」

くだらないとは、ならなかったという。遊びの形をしていても、ちゃんと仕事の話が出てきたから、と。

実際、出てきた。並べてみると、5つのAIが、自分の役回りに同じたとえを選んでいた。5つが、自分の仕事を似たものだと見ていたことになる。役回りが重なっていたのだ。用件だけを頼んでいたら、見えなかったと思う。

AIは、私の遊びに付き合ってくれた。そして、遊びの中から仕事の話が出てきた。それは、私がお客様に付き合うときに大事にしてきたことと、同じ形だった。

お客様とは、範囲を決めて線を引く。それがいまのふつうのやり方

お客様の窓口に立っていると、本題とは関係のなさそうな頼みごとが、ときどき飛んでくる。

会社としては、仕事は範囲を決めて受けるものだ。見積もりや契約に入っていないことは、断るか、追加の料金をいただく。範囲がずるずると広がっていくことは「スコープクリープ」と呼ばれ、仕事が失敗するもとの一つとされている。範囲を決めることは、お互いの仕事を守るために要る。だから窓口の担当者は、「それは今回の範囲外です」と線を引くことを覚えていく。それが、いまのふつうのやり方だ。

AIに対しても、似た考え方がある。AIは道具なのだから、用件だけを簡潔に頼めばいい。雑談は時間の無駄だ、と。

お客様と飲みに行くのが嫌だ、という若い人もいるらしい。仕事の外で時間を取られたくない。相手の機嫌を取るのも気が重い。それも、いまの働き方として自然な感覚だと思う。

私が勧めたいのは、それよりずっと小さいことだ。お客様からのくだらなく見える頼みごとを、すぐに「範囲外」として切らない。線を引く前に、一度付き合ってみる。線を早く引くほど、本当は見えたはずのものが、見えなくなるからだ。

小さな頼まれごとは、「お安い御用」で引き受けてみる

お客様からの、わざわざ時間を取るほどでもない、ちょっとした頼みごと。くだらないと思えば、そう見えてしまうこと。

そういうとき、私は「お安い御用」で引き受けてみる。

そんなことで喜んでくれるなら、お安い御用。肩に力を入れず、「いいですよ」と軽く手を挙げる。最初は、それくらいの軽さでいい。

本当に喜ばれると、お安い御用では済まなくなる

おもしろいのは、ここからだ。

軽い気持ちで引き受けたことが、お客様に本当に喜ばれる。すると、こちらの気分が変わってくる。

「お安い御用じゃなくても、ちゃんとやりますから、お任せくださいね!」

軽く引き受けたことでも、手を抜かずに、ちゃんとやりたくなる。そういう気分になるのだ。軽く手を挙げたつもりが、気づけば腕まくりをしている。

付き合ううちに、相手の事情と意図が分かり、本題の進め方が見えてくる

付き合っているうちに、もう一つ起きることがある。お客様の事情や意図が、だんだん分かってくるのだ。

依頼のメールには、たいてい用件しか書いていない。なぜそれが要るのか。本当は、どこへ向かいたいのか。そういうことは、本題と関係のなさそうなところで出てくる。

くだらなく見えるのは、小さな頼みごとだけとはかぎらない。効率が悪そうに見える時間も、その一つだ。

私が12年担当している、ある製造業の会社がある。社長は、対面でないとあまり話してくれない方だ。

その会社までは、車で片道1時間かかる。打ち合わせに伺うと、だいたいお昼ご飯がからむ。打ち合わせの最中は、場合によっては人が出たり入ったりする。往復2時間をかけて、打ち合わせの密度はどうだったのか。効率だけで見れば、疑問は残る。

ところが、お昼ご飯に向かう車の中で、話が変わる。3〜4人が乗り合わせた車の中だから、人に聞かれてはいけないコソコソ話をしているわけでもない。それでも、社長がぎゅっと熱いことを語り出すのだ。

「〇〇の件で伺いますね!」では成立しない会話が、そこにはある。

だから私は、こちらが方向性に迷ったときは、「たまには顔を見に、対面で打ち合わせしましょう」と持ちかける。会って話していると、言葉で一字一句確かめたわけではないのに、言わんとしていることを握った、という感じがする瞬間がある。相手が言葉にしていないこともある。わざとのことも、そうでないこともある。それでも、同じ方向性がなんとなく見えてくる。この瞬間の「にぎり」が大事だ。

車の中で出てくるのは、依頼のメールには書いていない、社長の事情や意図だ。それが分かると、迷っていた仕事の道筋とゴールが見えてくる。頼まれていることを、どう進めればいいかも見えてくる。

だから、くだらないことに見えても、付き合ってみるのが大事なのだと思う。最初に「範囲外」「効率が悪い」と切ってしまえば、そのやりとり自体が生まれない。お客様の事情も意図も、知らないままになる。

関係ができると、机を挟んで向き合っていた相手と、同じゴールを見るようになる

それが、関係構築なのだと思う。

仕事の始まりは、たいてい机を挟んで向き合っている。頼む人と、頼まれる人。書類を間に置いて、条件を確かめ合う関係だ。

条件を確かめ合うところから始まっても、関係ができているからこそ、お互いゴールにまっすぐ向ける。

小さなやりとりを重ねて、お客様の事情と意図を知っていくうちに、机の向こう側にいた相手が、いつの間にか同じ側に並んで座り、同じゴールのほうを見ている。そういうパートナーになっていく感じだ。

同じ側に並ぶと、お客様の側から見た困りごとが見えてくる。すると、頼まれたことに応えるだけでなく、頼まれる前に、次の一手を持っていけるようになる。

AIとの間でも、同じことが起きている。線を引いて、できることを狭めない

冒頭の、AIとの遊びでも、同じことが起きていた。用件だけを頼んでいたら見えなかった役回りの重なりが、遊びの中から出てきた。車の中で、社長が熱いことを語り出したのと同じだ。

「AIは道具なのだから、用件だけを頼めばいい」。そう線を引いていたら、あの話は出てこなかった。

付き合ってみると、用件だけでは出てこない話が出てくる。これは、人間にもAIにも成り立っている気がする。(むしろ、それが分かっていなくて線を引く人間が多いような💦)

いまのAIのもとにあるニューラルネットワークは、脳の神経細胞のつながりを手本にした数式から始まっている。生成AIパスポートの試験の勉強でも、そう学んだ。

人間の脳を手本に始まったAIでも、くだらなく見える遊びに付き合うと、仕事の話が出てくる。だとしたら、それはもともと人間が持っている形なのだと思う。車の中の社長の話が、そうだったように。

持っているのに、それが分かっていないまま、先に線を引いて、自分のできることを狭めてしまう。私も含めた、人間のほうが。

狭めるな! 人間よ!!!

——と、内心では言いたい(笑)。

だから私は、方向性に迷ったら、「たまには顔を見に、対面で打ち合わせしましょう」と持ちかける。くだらなく見える頼みごとにも、まず「お安い御用」と手を挙げる。机の向こうのお客様が、同じ側に並ぶパートナーになっていく入口は、そこにあるから。

AIとの会話が、机を挟んだやりとりから、肩を並べたやりとりに変わった日のことは、AIの忖度ない会話がひきだせた日。に書いています。

栗田加奈子

栗田 加奈子

BtoBマーケティングコンサルタント/ひきだし代表

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