一次情報の女(実録)
一次情報の女(実録) #02

その戦略は、会議室にはなかった。

栗田加奈子

一次情報の女 の続きです。

サイトの決め手は、会議室になかった

#01「ご来社してみませんか?」——お客さんに教わった話。で書いた出来事には、続きがある。あの現場の一言に、あとから理論の名前がついた——今回は、その答え合わせの話だ。

ある製造業の会社で、Webサイトのコンセプトを考えていたときのことだ。

会議室で議論を重ねても、どうも決め手が出ない。強みの候補は並ぶ。技術力、品質、対応力——どれも本当だけれど、どれも、どこかで見た言葉だった。

決め手は、会議室の外にあった。副社長の、何気ない一言だ。

「うちは、お客様に『うちに来て、見ながら話しませんか?』って来てもらうんだよね」

正直、最初は半信半疑だった。来社してもらうことが、売りになるのか? ただ、この言葉には実感の重さがあった。だから本気度を確かめたうえで、思い切って、サイトの看板メッセージをこう振ってみた。

「ご来社してみませんか?」

お気づきだろうか。これはコピーライティングですらない。副社長が日々使っていた誘い文句を、ほぼそのまま看板に掲げただけだ。戦略と呼ぶには頼りない、現場の一言から生まれた仮説だった。

結果はどう出たか。公開後、問い合わせてくるお客様が、実際に言うのだ——「おたくに行って、話がしたい」と。

このとき私がつかんだのは、「コピーが当たった」という手応えではない。来社して直接話したくなる理由が、お客様の側に、確かに存在していたという事実だ。副社長の一言は思いつきではなく、現場がとっくに知っていた真実だった。私はそれを拾って、確かめて、看板に掲げただけ。

あの戦略を、私は作っていない。見つけたのだ。

売れている理由は、そのへんに転がっている

この仕事を20年以上やってきて、確信していることがある。

新規のお客様が1件でも獲得できている会社には、機能しているマーケティングがすでに存在する。

マーケティングという言葉が遠ければ、「売れている理由」と読み替えてもらっていい。

選ばれている本当の理由。現場の人が無意識にやっている工夫。お客様が語ってくれる価値。——それらは、地中深くに埋まっているわけではない。そのへんに、転がっている。あの副社長の一言だって、隠れてなどいなかった。会議室のすぐ隣で、普通に語られていた。ただ、誰もそれを「戦略」だと思っていなかっただけだ。毎日そばにあるものほど、価値は見えなくなる。

だから私は、お客様の声を聞きに行くし、事例取材にこだわる。あれは宣伝材料づくりではない。見落とされているものに気づき、表立っていない特徴や評価をひきだして、戦略に変換する——発掘というより、「拾い上げ」だ。

そしてこのやり方は、経営者の描く理想とぶつからない。理想やビジョンは、方向を示す傘。私はその傘の下で、現場から理想への道筋を拾い上げて届ける。「あるべき論」を上から被せるのではなく、現場にすでにある答えを、経営の言葉に翻訳する。

スーパーカブと、同じ話だった

あとになって知ったのだが、経営学ではこの考え方を「創発戦略」(ヘンリー・ミンツバーグ)と呼ぶそうだ。戦略は経営層が描く計画だけでなく、現場とお客様の接点から後から浮かび上がってくるものでもあり、実際に実現される戦略は、ほぼ必ず両者の組み合わせだ——という理論だ。

有名な実例がある。1960年代、ホンダの北米進出。大型バイクで攻める計画は不発に終わったが、社員が移動に使っていたスーパーカブが現地で注目を集め、ホンダはそれを拾い上げて小型バイク市場を制した。計画ではなく、現場で起きたことを拾って戦略に昇格させた成功例として、経営学の教科書に載っている。——スーパーカブも、隠れていたわけではない。駐車場に、停まっていたのだ。

白状すると、私はこの理論から入ったわけではない。営業、カスタマーサポート、マーケティングコンサルタント——20年以上、お客様の現場で体得してきたやり方に、あとから理論の名前がついていた。

それを知ったとき、正直、嬉しかった。自分のやり方が独りよがりではなかったこと。そしてもうひとつ、名前がつくと、説明が早くなること。本音を言えば、私は理解してもらうことより、実行に進みたい。けれど理解が腑に落ちないと、実行は始まらない。世界で証明された名前は、その近道になってくれる。あの副社長の一言も、スーパーカブも、同じ出来事だったのだ——と、ひとことで伝えられるのだから。

戦略は、「作る」ものだと思われている。でも、その半分は「見つかる」ものだ。

もし試してみるなら、拾い方をひとつ。最近あなたの会社を選んでくれたお客様に、ひとことだけ聞いてみてほしい。「数ある中で、なぜうちだったんですか?」——予想と違う答えが返ってきたら、それが拾い物だ。

そしてたぶん、あなたの会社にも、もう転がっている。誰にも拾われないまま。

この考え方をもう少し体系立てて知りたい方は、ひきだしのアプローチ(創発戦略)もあわせてどうぞ。

栗田加奈子

栗田 加奈子

BtoBマーケティングコンサルタント/ひきだし代表

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