一次情報の女(実録)
一次情報の女(実録) #03

ロボット掃除機は、掃除が上手いから買うんじゃない。

栗田加奈子

一次情報の女 の続きです。

床の水拭きを、何か月も後回しにした

私は最近、ロボット掃除機を買い替えた。水拭きモップ機能つき(温風乾燥まである)で、なかなか満足している。

実は、買い替えを考えはじめた頃は値段ばかり見ていて、モップ機能を付ける気もなかった。それがAIと雑談していたら、上位機の水拭き機能の向上がすごいと教えられ、条件が定まってきた中で機能とお買い得感の総合判断——気づけば当初予算の倍以上の買い物を、一気にしていた。

だから、決め手は性能だ。でも、そもそも買い替える気にさせたものは、性能ではない。床の水拭きをしようしよう、と思ったまま何か月も後回しにしたことだ。この、自分を責めるストレスをお金で解消した。

やっぱり水拭きした後の床は気持ちがいい。でも今日書きたいのは掃除の話ではなくて、後回しの話だ。

床の水拭きは、地味だ。緊急でもない。今日やらなくても誰にも怒られない。でも、やっていない床は毎日視界に入る。そのたびに、ちくっとする。後回しのコストは、作業時間ではなく、この「ちくっ」の累積だった。買ってから、それに気づいた。

「実は、気づいていた」

仕事でも、同じことが起きた。

自社サイトのフォームまわりを、Claude Code——パソコンの画面上で、ブラウザの操作や検証作業を任せられるツールだ——に検証させていたときのこと。テスト送信の結果を突き合わせたClaude Codeから、報告が上がってきた。

「管理者宛の通知メールは届いています。ただ、お客様宛のサンクスメール(自動返信)だけが、届いていません」

問い合わせをくれたお客様にだけ、サンクスメールが届かない。会社側には通知が来ているから、誰も異変に気づかない。放置すればじわじわ効いてくるタイプの事故だ。原因はドメイン側のメール設定にあって、修正から再検証まで、2日で根治した。

ここで白状すると——私は、テスト送信の時点で、自分宛にサンクスメールが来ていないことに気がついていた。後回しにしていただけだ。地味だから。

地味で、緊急ではなくて、でも放置すると効いてくる。後回しリストに載る仕事は、だいたいこの形をしている。そして床の水拭きと同じで、リストに載っている間じゅう、ちくちくと自分を責め続けることになる。

地味で、手順が多くて、答え合わせができる仕事

このとき面白かったのは、得意領域のくっきりした非対称だ。

記事の執筆をAIに手伝わせると、出せるものになるまで、何度もダメ出しが要る。ところが今回の検証作業は、ほぼノータッチだった。テスト送信、受信の確認、原因の切り分け、修正後の再検証——地味で、手順が多くて、でも一つひとつ「できたかどうか」の答え合わせができる仕事。ここが、この道具の得意領域だった。人間が判断と方向づけを握り、道具が地味な検証を巻き取る。

あなたのチームにも、たぶん同じリストがある。フォームのテスト送信、リンク切れの確認、全ページの表記チェック……。内容には誰も異論がないのに、時間も人も足りなくて、動かないままのやつだ。

そのリストの正体が作業コストなら、頑張って時間を捻出するしかない。でも正体が自責ストレスなら——道具で解消していい。私が床の水拭きでやったように。

ロボット掃除機と、同じだ。あの買い物の引き金は、掃除の上手さではなく、後回しのストレスだった。AIを入れる価値も、まず同じところにあると思う。上手いかどうかの前に——自分を責めていた仕事が、消える。

それでも、タイマーでは回さない

そのうえで、安心して任せるために書いておきたいことがある。ロボット掃除機に満足している私は、それでも全自動にはしていない。

床の猫のおもちゃを拾い上げるくりりんと、隣で待機するロボット掃除機。少し離れたところから警戒気味に見ている猫

タイマー機能は使わない。猫がおもちゃを散らかして床にいろいろ落ちているから、先に床のものを取り除いてから回す。留守中に回すことも、あまりしない。順序も決めている。まず掃除機を2重掛け。モップは毎回ではなく、かけるときは必ず掃除機の後だ。ごみを引きずり回してほしくないから(猫のトイレ砂があるから、掃除機は念入りに)。

つまり、前さばきは人間。工程の順序と品質基準も人間が設計して、見ているときに回す。

この運用に落ち着くまでには、失敗もある。一台前のロボット掃除機にもモップ機能はついていた。でも、床を引きずる音がお化けみたいで猫が怖がって、1回でやめた。導入は、性能ではなく環境との相性で失敗する。

Claude Codeも、まったく同じ運用にしている。

ロボット掃除機の運用 Claude Codeの運用
床のものを先に拾ってから回す 何を・どこまでやるかを、先に人間が指示する
掃除機2重掛け→その後にモップ、と順序を決める 工程の順序と確認の基準は、人間が設計する
タイマーで留守中には回さない 見ているときに回して、結果を人間が確認する

そして、道具の側もそう作られていた。今回の検証中、パスワードの入力が必要になる場面では、Claude Code側が仕様として作業を拒否した。ログインは、私が自分の手でやった。本番のフォーム設定を保存する直前には、確認を求める仕組みが働いて手が止まり、最後のクリックは私がした。メールの確認も、私自身のアカウントを、私が許可した範囲で見ているだけだ。

「AIに任せる」と聞くと、勝手に何でもやられそうで怖い——という声は、組織が大きいほど根強いと思う。実際に使ってみての実感は逆で、境界は、握ろうと思えばちゃんと握れる。というより、境界を握ったまま任せられる仕事から任せていくのが、順番として正しい。AIを1回試してやめた、という会社の話を聞くたびに、私はあの初代モップを思い出す。疑うべきは道具の性能より先に、相性と境界の設計のほうだと思うのだ。

それでも、普通の掃除機は不要にならない。手でかける掃除機が残るように、人間の手仕事はなくならない。なくなるのは、後回しの「ちくっ」のほうだ。

水拭きのあとの床は、やっぱり気持ちがいい。後回しリストが1つ消えた翌朝の気分は、それによく似ている。

栗田加奈子

栗田 加奈子

BtoBマーケティングコンサルタント/ひきだし代表

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一次情報の女(実録) 全4話中 #03(4話目)