一次情報の女(実録)
一次情報の女(実録) #01

「ご来社してみませんか?」——お客さんに教わった話。

栗田加奈子

一次情報の女 の続きです。

現場の一言は、疑っても賭ける価値があった

十数年前の話です。

都心から電車で2時間ほどの場所にある、精密板金の会社さん。既製品を売る商売ではなく、お客さんごとの受注生産。図面や仕様、要求——達成すべき条件——を受けて、一点ずつ作る仕事です。

Webサイトの支援でお付き合いが始まって、ヒアリングをしていたとき、副社長がこんなことを言いました。

——うちは田舎の小さい会社で、営業も兼業だったりして潤沢にいない。だからお客さんから問い合わせが来ても、こちらから訪問する余裕がない。「来社してください」って伝えてるんですよ。

私は疑いました。都心から2時間かかるこの場所に、そんな強気なことを言って、お客さんが来るんだろうか?

その疑いは隠さず、「本当にそれでお客さん、来るんですか?」と、そのままぶつけました。でも、副社長は強がりでも理想論でもなく、本気でそう言っている。それだけは、はっきり分かりました。

当時の私は、なぜお客さんが来るのか、分かっていませんでした。疑わしい気持ちも、そのまま。

ただ、この案を否定したところで、他に突破口があるわけでもない。契約期間は限られていて、短期間で成果を出す時間勝負でもある。それに、もし乗ってみて効果につながらなかったとしても、それはそれで副社長の言葉の検証になる。「じゃあ、次はどうしましょうか」と、一緒に次を考えればいい。

だったら、信じたフリでもいいから、現場を一番知っている人の本気に賭けてみよう。それで、こう提案しました。

サイトをいったん、「ご来社してみませんか?」というコンセプトで作りましょう。来社したい、という人を増やすのがひとつ。もうひとつは、問い合わせが来たときに「来社どうですか?」と、断られても大丈夫なテンションで言いやすい空気を、サイト側で先に作っておくこと。

弱み(訪問できない)を隠すのではなく、コンセプトとして表に出す。今の言葉で言えばそういうことですが、当時の私にあったのは、戦略というより賭けでした。

結果はどうだったか。

問い合わせは増えました。そして——「来社したい」というお客さんが、一定の確率で、確かに存在したんです。

なぜ来るのか。答え合わせは、そこから始まりました。実際に来社されたお客さんが、なぜ来たのか。そのエピソードを、副社長がタイムリーに教えてくれるんです。

受注生産の板金は、発注する側にもある程度のノウハウが要ります。ノウハウのないお客さんが注文にたどり着くには、「うちはこうです」と一方的に説明されるのではなく、作る工程を知りながら、「じゃあ、こういうことはできますか」「こういうのは?」とやりとりを重ねて、何をどう作るかが決まっていく。いわば壁打ちです。「来社したい」というお客さんの側にも、ちゃんと理由があった。

私は、なるほど、なるほどと言いながら、それを実感として経験していきました。私の常識では「来ない」お客さんが、現場の人の肌感覚では「いる」。正しかったのは、現場でした。

ひきだしに、しっかり収納された

このとき教わった「来社を希望するお客さんは、実はいる」という発見は、私のひきだしにしっかり収納されました。それ以来、新しいお客さんとの仕事が始まるたびに、「この案件でも、来社型の成果への道は作れないか?」と考えるのが、私のポリシーになっています。

エピソードは本当にいろいろあるのですが、ひとつだけ。

同じく受注生産の、ものづくりの会社さんでのこと。そこ、ショールームなんてありませんでした。でも、来社してくれたお客さんとの打ち合わせが商談に効いている、という話を聞いて、「じゃあ、この打ち合わせスペースにサンプルを置いて、無理やりショールームにしちゃいましょうよ」と始めた。「ショールームで見ながら打ち合わせしませんか?」というコンテンツを作ったら、遠方から「ぜひおたくで作りたい。東京にはしょっちゅう行くので、そのタイミングで打ち合わせできます」というお客さんが現れました。

無いなら、作ってしまえばいい。これも元をたどれば、あの副社長の一言から始まっています。

コンサルタントの仕事は、賢い正解を持ち込むことだと思われがちです。でも私の実感は逆で、現場を知っている人の一言を、わからないまま本気で試して、確かめて、次の現場に持っていくこと。私のひきだしの中身は、そうやってお客さんに育ててもらったものばかりです。

だから私は、これからもまず、聞きに行きます。

栗田加奈子

栗田 加奈子

BtoBマーケティングコンサルタント/ひきだし代表

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