前提を揃える

同じ「マーケティング」なのに、話が噛み合わない理由

こういうときに読む「マーケティングを強化しよう」と言ったのに、なぜか話がかみ合わなかったとき

同じ「マーケティング」という言葉を使っているのに話が噛み合わないのは、誰かが正しくて誰かが間違っているからではない。見ている「層」が違うだけである。

よくある誤解:噛み合わないのは、どちらかが分かっていないから

会議で「マーケティングを強化しよう」と言うと、ある人はSEOや広告、SNS、サイト改修を思い浮かべる。別の人は、顧客がなぜ迷い、なぜ比較し、なぜ自社を選ばないのかを考える。さらに別の人は、自社が誰に何を約束し、どの条件なら利益を出せるのかを見ている。

このとき、つい「あの人は視野が狭い」「あの人は現場を知らない」と、能力や熱意の差として片づけてしまいがちだ。しかし実際には、担当する範囲や、日ごろ触れているデータや、顧客に会う頻度によって、見えている因果関係の長さが違うだけであることが多い。広告担当者が広告から考え始めるのは当然で、営業が商談化から考え始めるのも当然である。

実際はこう:マーケティングは「集客施策」だけを指す言葉ではない

そもそも「マーケティング」という言葉自体が、広い意味を背負っている。アメリカ・マーケティング協会(AMA)は、マーケティングを「顧客・取引先・パートナー・社会にとって価値のある提供物を、創造し、伝達し、届け、交換するための活動・制度・プロセス」と定義している。集客や広告は、この定義の中の一部分でしかない。

もちろんSEOも広告もSNSもサイトも大切である。顧客に届かなければ、どれほど良い価値も存在しないのと同じだからだ。ただし、それらは価値と顧客の意思決定をつなぐための「手段」であって、マーケティングの全部ではない。手段を軽視しないからこそ、手段だけにすべてを背負わせてはいけない。

経営学者セオドア・レビットは、1960年代の論文「マーケティング近視眼」で、事業の持続的な成長は、事業をどれだけ広く定義するか、そして顧客のニーズをどれだけ注意深く捉えるかにかかっている、と説いた。自社の事業を、いま持っている商品やチャネルだけで狭く定義すると、顧客が本当に求めているものを見誤る、という警告である。

なぜそうなるか:五つの層のうち、どこまでがつながっているか

「マーケティング」という言葉には、少なくとも五つの層がある。①何を実行するか(SEO・広告・SNS・サイト・事例)、②何が動いたか(PV・順位・CVR・リード数)、③顧客が何に迷っているか(不安・比較・稟議・失注理由)、④なぜ自社が選ばれるのか(提供価値・成果・信頼)、⑤何を約束し、何を捨て、何に資源を張るか(採算・体制・顧客選択)。

深い理解とは、この五層すべてに完璧な答えを持っていることではない。いま自分が下そうとしている判断が、どの層の仮説に依存しているかを自覚し、わからない部分を「わからない」と言えることである。そして必要なときに、施策から顧客へ、顧客から事業へ、事業から再び施策へと戻れることである。

現場ではこうする:施策を否定せず、言葉の奥にあるものを引き出す

「SEOをやりたい」「サイトをリニューアルしたい」「事例を増やしたい」——こうした依頼そのものは、間違っていない。多くの場合、依頼した本人もまだ言葉にできていない困りごとを、いちばん目に見えやすい施策の言葉で表現しているだけである。「サイトを直したい」の奥には、「営業に会う前に信用されない」「何を頼める会社か伝わっていない」「価格を聞きにくい」といった、複数の不安が隠れていることがある。

だからこそ、施策の是非をその場で判定するのではなく、その言葉の背景を依頼者と一緒に確かめることから始める。不安や制約を言葉にしていくうちに、本人が当たり前だと思っていた強みのほうが見えてくる。外から付け足すより先に、すでにあるものを見つけ出す。

自社で確かめる3つの質問

  1. いま「マーケティングを強化したい」と言うとき、自分は五つの層のうちどこを見て話しているか。
  2. その施策が動いたとして、顧客は次に何をし、どこで止まるか。答えられるか。
  3. その施策を、なぜ自社が実行できると約束できるか。商品・営業・提供体制まで含めて答えられるか。

この記事の根拠・出所

  • American Marketing Association「Definition of Marketing」。マーケティングの定義(“the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large”)。ひきだしが原典を確認。ama.org
  • Theodore Levitt, “Marketing Myopia”, Harvard Business Review(初出1960年代、2004年7-8月号に再掲載)。事業の持続的成長は、事業の定義の広さと顧客ニーズの把握の深さにかかっているとする論考。ひきだしが原典を確認。hbr.org
  • 「五つの層」の整理と、施策の言葉の背景を依頼者と一緒に確かめるという考え方は、ひきだしの見解として構成した。