数字の読み方

「CV800%改善」の前に、分母を見る

こういうときに読む「同業の会社が『CV800%改善』って出しているのを見ると、うちも何か派手な数字を出さないと、と焦るんです」と言われたとき

「CV800%改善」という見出しは、たいてい嘘ではない。ただし、伸び率の大きさは、事業に起きた変化の大きさとは限らない。

よくある誤解:伸び率が大きいほど、施策は効いている

事例やレポートに「CV800%改善」「前年比300%」といった見出しが出てくると、反射的に「すごい成果だ」と受け取ってしまう。数字が大きいほど、うまくいった施策のように見えるからだ。それを見た側は「うちも同じくらいの伸び率を出さなければ」と焦り、逆に自社の地味な伸び方を物足りなく感じてしまうことがある。

実際はこう:「800%」は、分母が小さいだけで成立する

伸び率は、割り算の結果でしかない。分母が小さければ、少しの増加でも大きな伸び率になる。たとえば、月の問い合わせが0.5件相当だった状態が、4.5件になったとする(以下は実在の案件ではなく、仕組みを説明するための数字である)。増加率で言えば800%であり、嘘ではない。だが、この数字だけを見せられても、月0.5件が月4.5件になったのか、月200件が月1,800件になったのかは判断できない。前者であれば現場でようやく相談が入り始めた段階であり、後者であれば体制ごと作り直すレベルの変化である。どちらも「800%改善」という同じ言葉で語れてしまう。

伸び率のマジックは、これだけではない。資料請求・メルマガ登録・問い合わせ・商談化をひとまとめに「CV」と呼んでいないか、繁忙期や広告投下月だけを切り取って比較していないか——分母や比較条件をずらす余地は、ほかにもいくつも残っている。ここでは、いちばん基本になる「分母の小ささ」だけを扱う。

なぜそうなるか:伸び率は、実数のちがいを覆い隠す

人は、少数の事例やデータから読み取った傾向を、実際以上に「意味のある変化」として受け取りやすいことが、心理学の研究でも指摘されている。心理学者のエイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンは1971年の論文で、少数のサンプルから得た結果を母集団全体の傾向として過大評価してしまう人の判断のクセを示した。伸び率という見せ方は、この受け取り方とよく噛み合う。分母の小ささを知らされないまま倍率だけを見せられると、読み手は自然と「大きな変化が起きた」と補って読んでしまう。

これは、成果を出した側が嘘をついているという話ではない。問い合わせがほぼゼロだった状態から、月に数件の相談が安定して入るようになったのなら、それ自体は現場にとって重要な変化である。問題は、その変化の大きさを「800%」という記号だけで語り、実数を隠したまま流通させてしまうことにある。

現場ではこうする:見るべきは実数・質・継続性

派手な伸び率を見たとき、あるいは自社の成果を報告するときに見るべきは、伸び率そのものではなく、その奥にある3つである。

第一に、実数。改善前後の件数はそれぞれ何件か。第二に、質。増えた問い合わせや商談のうち、実際に受注へつながる見込みがある相手はどれくらいか。第三に、継続性。それは単月だけの当たりなのか、数カ月にわたって安定しているのか。この3つを確認して初めて、伸び率は意味を持つ。

そしてこれは、他社の数字を疑うためだけの話ではない。自社が成果を社内やお客様に報告するときも、同じ問いは自分たちに返ってくる。伸び率だけを掲げて実数を出さない報告は、社外の読み手だけでなく、実際に手を動かした現場の社員にとっても居心地が悪い。「本当はまだ月数件なのに」という実感と、資料に書かれた「800%」という数字のあいだに差があると、成果を誇るほど、現場の実感から離れていく。地味でも実数を添えて語ることは、社外の信頼だけでなく、社内で「ちゃんと見てもらえている」という安心にもつながる。

自社で確かめる3つの質問

  1. その伸び率の分母(改善前の実数)を、自分たちは把握しているか。
  2. 増えた件数のうち、実際に受注へつながる見込みがあるのはどれくらいか。
  3. その変化は、単月の当たりではなく、数カ月にわたって続いているか。

この記事の根拠・出所

  • Amos Tversky, Daniel Kahneman, “Belief in the Law of Small Numbers”, Psychological Bulletin, 1971, Vol.76, No.2, pp.105-110(DOI: 10.1037/h0031322)。少数のサンプルから得た結果を、母集団全体の傾向として過大評価してしまう人の判断のクセを示した論文。ひきだしが原典を確認。
  • 「CV800%改善」(月0.5件相当→月4.5件)の例は、実在する企業・案件の数値ではなく、伸び率の仕組みを説明するための仮の数字である。
  • 見るべき指標を「実数・質・継続性」の3点に整理する考え方、および社内向け報告における実数の重要性は、ひきだしの見解として構成した。