新しい話題がなくても、お客様に届けられる価値はあった。
測定機器メーカーK社が、顧客の声から見つけた、営業としてできること
取材・文:玉井加菜子
新しい製品が出れば、お客様を訪ねるきっかけになる。けれど、その発表がない時期に、営業は何を届ければいいのか。
研究開発などに使われる測定機器の販売や、測定サービスを手がけるメーカーK社では、営業としてできることを増やしたいという思いが、マーケティングに取り組むきっかけの一つになりました。
この会社と、BtoBマーケティングコンサルタントの栗田さん(HIKIDASHI、以下、ひきだし)との関係は、ホームページ制作後のサポートから始まり、十年以上続いています。ページの改修や情報発信の相談を重ねる中で、栗田さんが繰り返し提案してきたのが、顧客評価アンケートから始める、お客様の声を起点としたマーケティングでした。
お客様の声を聞くことで、何が変わったのか。まだ変えられていないことは何か。営業部門の責任者に、栗田さんが同席のもと、率直な実感を聞きました。
※本記事は取材に基づき、企業名・個人名を伏せ、一部の情報を一般化して紹介しています。取材には栗田さんも同席し、補足の発言をしています。発言は読みやすく整えています。
マーケティング? うちの限られた業界には関係ないと思っていた
専門的な分野で使われる同社の製品は、誰もが日常的に買うものではありません。使う業界も、使う人も限られています。
営業責任者も、最初は半信半疑でした。
「一般向けの商品ではないので、あまり重視していませんでした。ごく限られた業界の、限られた人しか使っていない。そんなに効果はないだろう、という思いが自分の中にありました」
お客様の声を営業・改善に生かすことは、以前から提案されていました。ただ、複数の業務を兼ねていたこともあり、なかなか実行に移せなかったといいます。「言い訳になってしまうんですが」と前置きして、そう話しました。
一方で、営業のきっかけになる新製品は、すぐには出てこない見通しです。まだ十分に知られていない製品やサービスもあります。「営業としてできることをやっていくしかない」。そう考えるうちに、社内にも、マーケティングに取り組みたいという声が二、三年ほど前から増えてきました。
メルマガを続けるほど、お客様の反応が見えてきた
メールマガジン(メルマガ)の仕組みは、以前からありました。ただ、配信は不定期でした。
これまでの助言で、責任者の記憶に一番残っているのは、頻度の大切さです。
「頻度の大切さは、一番頭に残っています。ただ、実際に定期的に出せるようになるまでは、ずいぶん時間がかかりました」
配信を増やしたのは、約2年前からです。定期的に出すには、毎回の話題を考えなければなりません。開封されたか、メールからホームページに移ったか、配信を止めた人はいたか。数字が見えてくると、何が喜ばれ、何が受け入れられないのかを、自然と想像するようになりました。
中でも反応が大きかったのが、毎年恒例の専門セミナー(年8〜10回のシリーズ)の案内です。その案内メールには、「メルマガ登録者に優先してご案内します。登録はこちら」と添えました。すると、受け取ったお客様の社内でメールが転送され、それを見た人が新たに登録するようになりました。配信するだけで、新しい読者が増えていったのです。
メルマガで案内するだけで定員が埋まるため、ホームページには告知を載せていない回もありました。けれど、どんなテーマのセミナーを開いているかは、会社の専門性や取り組みを知ってもらう情報にもなります。ホームページにも載せると、終了したセミナーの告知ページを見て、次の開催情報を受け取るためにメルマガに登録する人も現れました。
メルマガの新規登録は、2024年度の93件から2025年度は151件に増えています。月平均は十数件ですが、セミナー予告を配信した後の4日間で43件の登録があったこともあります。責任者も「かなり大きな数字の変化だったという認識はしています」と話します。
登録が増えるにつれ、案内するとすぐに申し込みが埋まるようになりました。セミナーに使う配信ツールのプランを上げ、全テーマの定員を100名から300名に広げています。2025年度は全9回で約2,300人の申し込みがありました。
反応を見ながら、次に何を届けるかを考える。発信を続けるうちに、お客様が何を求めているのかを想像する力が、少しずつ育ってきました。
若手にお客様の実態を知ってほしい。それが「やってみようか」の理由だった
これまでも、セミナーの場でアンケートを取るなど、お客様の声を聞く機会はありました。ただ、製品やサービスを利用するお客様向けに一斉配信する、定例の顧客評価アンケートは、実施していませんでした。
その実施を提案したのが栗田さんです。お客様は、何を評価しているのか。どこに不満や要望があるのか。直接聞けば、改善の手がかりが得られる。社員が自分たちの仕事の価値を確かめるきっかけにもなる。そう考えて、「絶対にやりましょう」と繰り返し勧めました。
ただ、「お客様の声をもっと聞きましょう」という提案は、どの会社でもたいてい「今も聞いている」と受け止められます。手応えも、やってみるまでは見えません。社内に反対はなかったものの、具体的に進める人がいないまま、提案は流れていました。それでも勧め続けたことを、栗田さんは「ゴリ押し」だったと振り返ります。
動いたのは、営業責任者でした。飲みの席でも「やったほうがいい」と言い続ける栗田さんに、「やってみようか」と応じました。頭にあったのは、若手社員のことでした。コロナ禍で、お客様と会う機会が少なかった若手に、少しでもお客様の実態をつかんでもらうきっかけになるなら。そう考えての決断でした。1回目は昨年、今年が2回目です。
若手の動きについて、責任者はいまこう話します。「きっかけだけで、あとは自分たちでやってくれている若い方は何人もいます」
アンケートから、取材とお客様との対話が始まった
アンケートから生まれた動きは、二つありました。
一つは、導入事例の取材です。以前は、社内で取材先を探しても、なかなか候補が集まりませんでした。ところがアンケートで協力意向を尋ねると、事例紹介に協力してもよいというお客様が現れました。協力可、または条件付きで協力可という回答は、昨年は20件、今年は23件。導入事例の取材は2020年以来で、2025年度は5件を取材し、記事として公開しました。そのうちの1件は、海外営業部の若手社員が自分から動き、海外の大学に電話でインタビューを行い、記事を公開しています。
もう一つは、不満を詳しく回答してくれたお客様との対話です。営業責任者が直接電話をかけたところ、「向こうも、いい印象を持ってくれた感じですかね」。
今年は、回答をくれたお客様の一部に、営業担当が手分けして連絡を始めています。「地道にやっていくのがいいと思います」と責任者は話します。
事例紹介への協力も、不満への対応も、お客様に尋ねたことで動き始めました。
事例取材で見えた、自分たちのサービスの「一つの完成形」
お客様への取材から、自分たちの仕事の価値に気づいたこともありました。営業責任者は、公開された取材記事を読んだときの印象を、こう表現します。
「あれが一つの完成形なのかな、と思いました。ゴールという感じがしました」
取材したのは、測定サービスを利用した、あるお客様です。
そのお客様には、長く評価されてきた製品がありました。ただ、その性能の良さを、客観的な根拠をもって説明することには課題がありました。
同社の測定サービスで性能を確かめ、同社の専門家と結果を読み解くことで、お客様企業の社員が自社製品の良さを理解し、自信をもって伝えられるようになりました。そのデータは展示会などの発信にも活用され、販売に関わる人たちの説明を支えるものになりました。
お客様が価値を感じていたのは、測定結果に加え、その意味を一緒に考えてくれる専門家の知見でした。対話から次に確かめたいことや新しいアイデアも生まれ、お客様は同社を、一緒に考えてくれるパートナーとして捉えるようになっていました。
その声は社内でも共有され、結果の解釈まで付き合う姿勢が評価されていたことを、改めて確かめる機会になりました。
事例の取材は、以前は行っても、ホームページに載せて終わりでした。栗田さんに勧められて昨年から本格的に取り組み、お客様が測定データを自社の発信に生かすところまで広がったのは、今回が初めてでした。
責任者はそれを「完成形」と言いつつ、通過点かもしれないとも話します。
「まだ先に、もっといい関係を築けるのかもしれません。今までそこまで行けていなかったというより、気がついていなかった、という感じです」
お客様は、結果についてもっと話したいのかもしれない
アンケートには、満足度を「何とも言えない」と答えた人が多くいました。栗田さんが注目したのは、その理由が「会社との接点を感じていない」ことだった点です。
先ほどのお客様も、測定結果をメールで受け取った後、結果をどう解釈すればよいのかを、専門家に直接聞きに来社したといいます。
結果は出ている。でも、それをどう解釈し、どう活用すればよいのか。栗田さんは、お客様にはもう少し相談したいことがあるのではないかと見て、測定後の対話の機会や、アフターサポートの連絡のときに使い方や不安を一言確認することを提案しています。結果の解釈を話す時間は、有料でも成り立つのではないか、とも考えています。
営業責任者の見方は少し違います。納品時には話をしていますし、測定サービスでも立ち会いで対応しています。セミナーは一方通行になりがちだという点は、栗田さんと同じ認識です。そうした機会を、さらにどう増やし、役立てていくかは、これから考えるところです。
良いと思う。でも、すぐには動けない
やった方がいいと思っても、すぐに動けるとは限りません。
営業責任者が今、一番優先しているのは、人を入れ、育て、通常業務を安定させることです。「通常業務を回せるように戻すことが、優先になってしまう」。人員に余裕のない部署に新しい対応を求めるなら、目的を周知し、納得してもらう必要があります。
栗田さんから届く情報量について、責任者は率直に話してくれました。
「情報量が非常に多くて、全然追いつけていないんです。ちゃんと見られていないのは申し訳ないと思っています。分析や提案を読み込めば、できることはまだまだ埋まっていると思うんですが」
セミナーごとのアンケート結果も、まだ全部は見られていないそうです。顧客評価アンケートについては、「手応えはまだまだですが、やっていることはいいと思っています。非常に助かっています」。
手応えを判断するには、一、二回では足りないと考えています。「一つの区切りは3年だと思うので、3年ぐらいやってみたい」。
セミナーへの参加が、その後の相談や取引にどうつながっているかは、今後確かめていきたい点です。
現在は、別々に進んでいたブランディングやSNS、ホームページ推進の活動を、社内の担当者が整理し、チームを再編しようとしています。営業責任者も、その動きに期待しています。
社内の雰囲気については、「劇的に変わったというより、なんとなく変わってきた感じです」。
気づかなかったことに気づかせてくれる。ただ、進みすぎる
これまでの関わりを振り返って、栗田さんがいて良かったことを尋ねると、営業責任者の答えは短いものでした。
「自分が気づかないことに、気づかせてくれたことです。非常にありがたいです」
では、改善してほしい点は。
「進みすぎる、というのはあるんです。ペースを落としてほしいとは言わないけれど、行き過ぎてしまうので、心配になって。他の仕事は大丈夫かな、と」
これに対して栗田さんは、「実験させてもらっている」と話し、実際に手を動かして分かったことを、次の支援にも生かしていると説明しました。
まだできることがあると提案する栗田さんと、社内の状況を見ながら進める営業責任者。取材の中でも、提案の内容や社内の動きを確かめ合う会話が続きました。
メルマガの登録者が増え、セミナーの枠も広がった。アンケートから取材や対話が始まり、お客様の話を聞いて、自分たちの仕事への理解も深まった。変化はあります。それでも、やりたいことを進める体制や、成果の確かめ方には、まだ課題が残っています。
新製品の発表がなくても、お客様に届けられる知識や、相談に応えられることはある。その価値を見つける手がかりが、お客様の言葉の中にありました。
自社の技術やサービスが、お客様にどう役立っているのか。
その声を、次の営業や発信に生かしたい方へ。
